大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和25年(わ)61号 判決

上告人 被告人 星河宏明

弁護人 錢坂喜雄

検察官 渡辺 要関与

主文

原判決中被告人を懲役六月に処するという部分並びに訴訟費用中窃盗に関する部分を破毀する。

公訴事実中窃盗に関する部分は被告人は無罪

理由

弁護人錢坂喜雄の上告趣意は同人作成名義の上告趣意書と題する末尾添附の書面記載の通りである。これに対し当裁判所は次の通り判断する

第一点論旨は原判決は他の三名の者と地下足袋を窃盗することを共謀し、途中女鳥羽橋の辺まで行つたが犯行を思い止り単身で同所から引返したと認定しながら本件を有罪と認定したのは法律の解釈を誤つたものであるというにある。よつて記録を調査するに原判決は「第一、昭和二十二年三月一日頃予て知合の上条久章から金山某、中和某も行くことになつているから地下足袋を窃みに行こうと誘はれこれに同意し、茲に四名共謀し被告人は同日午後八時頃右上条久章と共に当時被告人の居住して居た松本市折井町笠原あさ方を出発し途中で金山某、中和某と落合い女鳥羽橋の辺まで行つたが被告人は執行猶予中の身であることを思い出したので犯行を思い止り単身で同所から引返したが云々」と認定したが共謀者が判示の通り窃盗の罪を犯したので被告人をも右窃盗について責任あるとし有罪の認定をしたものである。しかし原判示と原判決引用の証拠を綜合すると被告人は窃盗現場に到る前判示女鳥羽橋附近に於て自発的に本件窃盗の意思を放棄し、これを他の共謀者にも明示した上引返したのであるが、判示上条、金山、中和は被告人の右脱退を諒承し右三名だけが意思連絡の上判示窃盗を遂行したものであること明白である。かくの如く一旦他の者と犯罪の遂行を共謀した者でもその着手前他の共謀者にもこれが実行を中止する旨を明示して他の共謀者がこれが諒承し、同人等だけの共謀に基き犯罪を実行した場合には前の共謀は全くこれなかりしと同一に評価すべきものであつて、他の共犯者の実行した犯罪の責を分担すべきものでない。従つて原判決が上述のような証拠により原判示の如く事実の認定をしながらこれを窃盗の罪の共同正犯に問擬したのは法令の解釈を誤り、延いて判決に影響あるものである。従つて原判決中窃盗に関する部分は破毀を免がれない。論旨理由あるものである。従つて他の論旨に対しては判断を省略する。

よつて旧刑事訴訟法第四百四十七条第四百四十八条第三百六十二条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

上告趣意書

第一点原判決は重大な事実の誤認を為した違法あり即ち原判決は其の理由の第一として「第一、昭和二十二年三月一日頃予て知合の上条久章から金山某中和某も行くことになつてゐるから地下足袋を窃みに行うと誘はれこれに同意し茲に四名共謀し被告人は同日午後八時頃右上条久章と共に当時被告人の居住して居た松本市折井町笠原あさ方を出発し途中で金山某中和某と落合ひ女鳥羽橋の辺まで行つたが被告人は執行猶予中の身である事を思ひ出したので犯行を思ひ止り単身で同所から引返したが」と判示したり

而して右本件被害場所は被告人の引返し点より更に河を渡り相当の距離にある事は原審に於ける検証調書により明らかなり従つて被告人が未だ犯罪に着手せる事実なき事も又明らかなり

飜つて被告人が本件窃盗を共謀の上為す意思ありたりや否せを考察するに原判決摘示の証拠によりては被告人が他の三名と共謀して窃盗を為す意思を以つて前記女鳥羽橋の辺迄行きたる儘と認定出来難きも仮に被告人に於て共謀の上窃盗の犯意を以つて上条等三名と同行したりとするも女鳥羽橋辺にて引返す際窃盗の意思を完全に抛棄したるものと認定せらるべきものなり

之を原判決の理由中に見るも「女鳥羽橋の辺まで行つたが被告人は執行猶予中の身である事を思ひ出したので犯行を思ひ止まり単身で同所から引返したが」とあり原判決自体も被告人が犯行を思ひ止り窃盗の意思を抛棄したる事実を認めたり又被告人が右引返すに当り上条等三名と共謀にて窃盗を為す意思を完全に抛棄せる事実は原判決摘示の証拠中「四人で橋の所迄行つたが自分は前に詐欺をやり執行猶予中であり悪いことをしてはいけないと思ひそこから引き返した他の者は今更何を言うか帰るなんてなどと云ひすてて川を徒歩で渡つて行つた」とあり之により被告人が悪い事は出来ぬと悟り窃盗の意思を抛棄し他の者と行動を共にせざる事を決意したる事誠に明らかにして且つ之は他の者との了解の下に為されたものに非らずして他の者等より裏切り者と罵しられつゝ敢然と行動を共にせざりしものにして少くとも此の時以後に於ては最早や被告人は窃盗の意思なく自ら窃盗の共同謀議より脱退したるものなり又同人の原審公廷に於ける供述中「問 盗んできたものについて三人は「処分しないか」と云つて被告人に相談をかけなかつたか 答 何も相談をかけませんでした」とあり窃取物件につき他の者が被告人に何等の相談を為さざりし事実明らかにして之は上条等三名の窃盗行為の賍品に対し被告人が窃盗の意思と行為を抛棄したる為何等の権限なく右三名等より窃取物件に関し無視されたる事を示したるものにして此の点に於ても被告人が本件窃盗に関係と責任なきこと明らかなり斯くの如く原判決は其の理由中に於て被告人が中途思ひ止まりたる事を認め乍ら尚其の窃盗に付き責任あると断じたるは誠に不当なり況んや原判決は証拠に関し被告人が犯罪に着手前窃盗の意思を抛棄したる事は明確に摘示し乍ら尚且つ窃盗の責任を認めたるに於て不可解なり今若し窃盗罪に於ても強盗罪同様予備罪を認むるとせば兎も角現行法の如く窃盗の予備を罰せざる場合本件の如く犯罪に着手前自ら窃盗の意思共犯関係の意思を完全に抛棄し其の実行に関与せざる者に対し有罪の認定を為す事は甚だ了解に苦しむ所にして或は単に事実の誤認と云うに止らず法律の解釈を誤りたるものと指摘する事が相当と思料せらるゝ程にして何れにしても破棄を免れざるものなり。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例